南小谷駅 時刻表。 シャトルバスのご案内

ふれあいバス時刻表・コース図

南小谷駅 時刻表

令和元年12月1日から令和2年3月31日まで冬時刻になります。 道路状況や不慮の事態などにより予告なく運休若しくは遅れが生じることがあります。 (注)北小谷線・土谷線は土曜日・日曜日・祝日・12月30日~1月3日運休いたします。 夏時刻につきましては、ページ下部の関連リンクをご覧ください。 冬時刻(令和元年12月1日~令和2年3月31日)• (栂池高原~白馬乗鞍~南小谷駅~大凪下) 土曜日・日曜日・祝日も同じ時刻です• (大凪下~南小谷駅~白馬乗鞍~栂池高原) 土曜日・日曜日・祝日も同じ時刻です• (栂池高原~白馬大池駅~塩水~南小谷駅) 土曜日・日曜日・祝日も同じ時刻です• (千国の庄~南小谷駅前~下里瀬~曽田~奉納) 土曜日・日曜日・祝日は運休• (千国の庄~南小谷駅~中土駅~北小谷駅~大網) 土曜日・日曜日・祝日運休 村営バスに関するお問合せ• 観光振興課 Tel 0261-82-2001• Tel 0261-72-3155• アルピコタクシー株式会社 Tel 0261-72-2236 ダウンロード• ( PDF/52KB)• ( PDF/79KB)• ( PDF/48KB) 関連リンク• 添付資料を見るためにはビューワソフトが必要な場合があります。 (別ウィンドウで開きます。

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村営バス時刻表(冬時刻)

南小谷駅 時刻表

アルピコ特急バス 長野-白馬線 長野駅東口-白馬-栂池高原を走るバス。 JR白馬駅から栂池高原間はHAKUBA VALLEY シャトルバスをご利用ください。 運行期間により時刻表が違いますので、ご注意ください。 緑色の「栂池高原~南小谷駅~雨飾高原ルート」をご覧ください。 HAKUBAVALLEYシャトルバス HAKUBA VALLEY シャトルバスは、9スキー場間を結ぶシャトルバスです。 白馬八方バスターミナルをハブとして各スキー場への移動が可能です。 シャトルバスのバス停はゴンドラ高原駅付近の「栂の湯」の前です。 特急バスや路線バスのバス停「栂池高原」ではありませんので ご注意願います。 OTARIスノーリゾート こなゆき号 小谷シャトルバス・小谷ナイトバス 白馬八方バスターミナルと小谷3スキー場を結ぶシャトルバスです(小谷シャトルバス)。 小谷ナイトバスは小谷3スキー場とJR南小谷駅を結びます。 ご利用は、スキー場をご利用のお客様に限ります。

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南小谷駅

南小谷駅 時刻表

1935年(昭和10年)11月開業当時の当駅。 宅扱貨物の宣伝に努めた。 (10年):大糸南線の - 間開通に伴い一般駅として開業。 (昭和14年)• 4月21日:午前9時17分姫川右岸風張山が崩壊により当駅 - 信濃森上駅間が不通となる。 8月7日:当駅を含む信濃森上駅 - 中土駅間の一般運輸営業を停止。 及び小口扱貨物による生活必需品の運送を同年11月30日まで自動車で代行。 (昭和15年)• 1月19日:同日より再び生活必需品の冬季代行運送を馬橇にて実施する。 11月1日:信濃森上駅 - 当駅間が開通し、信濃森上駅 - 中土駅において一般運輸営業を再開する。 (昭和20年)7月15日:水害により信濃森上駅 - 中土駅間が被災。 当駅以南が18日間、以北が20日間不通となる。 (昭和27年)7月1日:当駅 - 中土駅間において築堤が崩壊し、3ヶ月間不通となる。 (昭和32年): - 間が開通して全線開通し、所属路線名を大糸線と改称する。 (昭和36年)12月23日:当駅 - 白馬大池駅間に千国崎仮乗降場が開業する。 (昭和37年)12月25日:当駅 - 白馬大池駅間の千国崎仮乗降場が、千国駅として開業する。 同時に当駅が千国駅の管理駅となる。 (昭和42年)• 5月19日:当駅 - 信濃森上駅間の電化着工。 10月1日:営業範囲を改正し、旅客、手荷物、小荷物及び小口扱貨物を取扱う駅となる。 12月20日:当駅 - 信濃森上駅間の電化、新宿駅 - 信濃森上駅間の急行列車及び松本駅 - 信濃森上駅間の列車の一部を当駅まで延長する。 またこれに合せて、当駅駅舎の改築が竣工する。 (昭和43年)3月29日:当駅に中土方逸走防止乗越転轍機を設置する。 (昭和46年)• :営業範囲を改正し、小口扱貨物の取扱を廃止して旅客駅となる。 9月15日:営業範囲を改正し、手荷物及び小荷物の配達取扱を廃止。 (昭和48年)12月25日:当駅に小谷村村営観光案内所を設置する。 (昭和57年)11月15日:当駅への「」の定期乗入れ開始。 (昭和58年)• 3月25日:大糸線全線においてを導入。 当駅が白馬大池駅、中土駅及び北小谷駅の管理駅となる。 7月5日:当駅に自動券売機を2台導入する。 12月14日:当駅への特急「」の乗入れ開始。 (昭和59年)2月1日:営業範囲を改正し、荷物の取扱を廃止。 (昭和60年)7月17日:当駅の自動券売機1台を撤去する。 (昭和62年):により東日本旅客鉄道・西日本旅客鉄道の駅となる。 (平成元年)12月:駅舎を白色を基調として改装し、三角屋根の設置等を行う。 (7年)• 7月12日:当駅を含む白馬駅 - 根知駅間が集中豪雨()よる土砂崩れや橋梁の崩壊により不通となる。 :白馬駅 - 当駅間が復旧。 (平成8年)1月16日:不通区間たる当駅 - 小滝駅間において1995年(平成7年)12月22日にが全線復旧したので代行バスの運行を開始する。 (平成9年)• 11月28日:同日夜を以て代行バスの運行を終了する。 11月29日:当駅 - 小滝駅間の復旧工事が完了、営業再開。 同日、当駅においてその記念式典を行う。 (平成18年)1月14日:当駅 - 糸魚川駅間に雪崩の危険ありとして同日より同年3月9日まで同区間の運休を行う。 (平成22年)8月11日:に合せて駅舎の改装を行い 、同日その完成式を挙行する。 (平成26年)• :により - 間を23日まで運休。 :当駅 - 間復旧により営業再開。 不通区間が - 当駅間となる。 :白馬駅 - 当駅間の運転再開により全線が復旧。 駅構造 [ ] 1面1線と1面2線、合計2面3線のホームを持つである。 糸魚川方面約600mにある上り場内信号機より北は西日本旅客鉄道北陸広域鉄道部(旧:糸魚川地域鉄道部)の管轄下となっており 、東日本旅客鉄道と西日本旅客鉄道の社界を示す標柱が立てられている。 かつては同社界を越えて運行される列車の設定もあった。 駅舎は2010年(平成22年)8月に改装されたもので 、外側は蔵造り建築をモチーフとしたなまこ壁となっており 、待合室には畳敷きのスペースがある。 また同スペースは冬季にはが設置される。 構内には売店がないが、駅前に食品等を取扱う商店が存在する。 JR東日本の駅としてはであり、として、を管理している。 駅舎内にはJR東日本が営業するが設置されている。 営業時間は5:30 - 21:00である。 冬季には除雪のため数名が増員される。 当駅はインターネット予約サービスはのみ受け取り可能。 当駅に停車中のキハ58(1989年(平成元年)3月22日) 利用状況 [ ] JR東日本によると、2018年度(平成30年度)の1日平均乗車人員は 100人である。 近年の推移は以下のとおりである。 乗車人員推移 年度 1日平均 乗車人員 出典 1935年(昭和10年) 19 1936年(昭和11年) 43 1950年(昭和25年) 157 1954年・1955年(昭和29年・30年) 226 1960年・1961年(昭和35・36年) 699 1965年(昭和40年) 457 1970年(昭和45年) 491 1975年(昭和50年) 495 1980年(昭和55年) 472 1982年(昭和57年) 488 1983年(昭和58年) 708 1984年(昭和59年) 497 1994年(平成 06年) 437 1995年(平成 07年) 387 1996年(平成 08年) 413 1997年(平成 09年) 371 1998年(平成10年) 328 1999年(平成11年) 249 2000年(平成12年) 249 2001年(平成13年) 215 2002年(平成14年) 168 2003年(平成15年) 159 2004年(平成16年) 150 2005年(平成17年) 144 2006年(平成18年) 129 2007年(平成19年) 134 2008年(平成20年) 119 2009年(平成21年) 120 2010年(平成22年) 100 2011年(平成23年) 108 2012年(平成24年) 102 2013年(平成25年) 105 2014年(平成26年) 106 2015年(平成27年) 121 2016年(平成28年) 123 2017年(平成29年) 116 2018年(平成30年) 100 駅周辺 [ ]• 小谷村役場• 南小谷郵便局• 小谷郷土館• バス路線 [ ] の路線が運行されている。 詳細は当該記事参照。 その他 [ ]• 大糸線内の、のフリーエリアは当駅までである。 東日本旅客鉄道 2016年12月7日. 2016年12月8日閲覧。 日本国有鉄道旅客局 1984 『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。 両社の境界駅としてはほかにのがある。 昭和10年鉄道省告示第537号(『官報』、1935年(昭和10年)11月22日、内閣印刷局)• 昭和15年鉄道省告示第20号(『官報』、1940年(昭和15年)1月19日、内閣印刷局)• 昭和15年鉄道省告示第237号(『官報』、1940年(昭和15年)10月30日、内閣印刷局)• 昭和37年日本国有鉄道公示第628号(『官報』、1962年(昭和37年)12月22日、大蔵省印刷局• 昭和42年日本国有鉄道公示第469号(『官報』、1967年(昭和42年)9月30日、大蔵省印刷局)• 日本国有鉄道編、『日本国有鉄道百年史年表』、1972年(昭和47年)10月、日本国有鉄道• 昭和46年日本国有鉄道公示第28号(『官報』、1971年(昭和46年)1月30日、大蔵省印刷局)• 昭和46年日本国有鉄道公示第337号(『官報』、1971年(昭和46年)9月7日、大蔵省印刷局)• 昭和59年日本国有鉄道公示第174号(『官報』、1984年(昭和59年)1月30日、大蔵省印刷局)• 『交通年鑑 昭和63年版』 、1988年3月。 今村都南雄 『民営化の效果と現実NTTとJR』 、1997年8月。 近藤禎夫 安藤陽 『JRグループ 「民営化」に活路を求めた基幹鉄道』 、1990年9月。 「白を基調に改装 ペンション風駅舎 JR南小谷駅」、『信濃毎日新聞』18面、1989年(平成元年)12月31日、信濃毎日新聞社• 「大雨のため、新潟で2万世帯が停電 長野でも2900人以上避難」、『朝日新聞』1995年(平成7年)7月12日、朝日新聞社• 「3週間ぶり運転再開 県北信豪雨災害のJR大糸線白馬-南小谷間 「活気戻りうれしい」」、『信濃毎日新聞』夕刊6頁、1995年(平成7年)8月1日、信濃毎日新聞社• 「JR大糸線不通区間 南小谷 - 小滝 代行バス発車」、『信濃毎日新聞』朝刊26頁、1996年(平成8年)1月17日、信濃毎日新聞社• 「復旧開通するJR大糸線 代行バスの役目も終了」、『信濃毎日新聞』朝刊31頁、1997年(平成9年)11月29日、信濃毎日新聞社• 「JR大糸線、きょう2年ぶりに復旧」、『朝日新聞』1997年(平成9年)11月29日、朝日新聞社• 「JR大糸線、運行再開 54日ぶり」、『朝日新聞』2006年(平成18年)3月9日、朝日新聞社• 「JR南小谷と信濃松川両駅、改修終わる 信州DCに合わせ」、『信濃毎日新聞』朝刊23頁、2010年(平成22年)8月11日、信濃毎日新聞社• 中日新聞社. 2014年11月24日• - 国土交通省 災害情報、2014年11月26日 9:00現在• 2014年12月8日• 「海水浴客向けの臨時列車、姿消す JRが夏の増発計画」、『朝日新聞』2000年(平成12年)5月27日、朝日新聞社• 「街PRへヒスイ号再び 東京・新宿発 - 糸魚川行き企画列車」、『朝日新聞』2003年(平成15年)10月10日、朝日新聞社• 「こたつで列車を待つ駅 JR大糸線南小谷駅、風物詩に」、『信濃毎日新聞』朝刊27頁、2009年(平成21年)12月16日、信濃毎日新聞社• 「待ち時間…こたつでのんびりと JR南小谷駅に今年も登場」、『信濃毎日新聞』朝刊27頁、2010年(平成22年)12月23日、信濃毎日新聞社• 「南小谷駅にこたつ設置 待合室の3畳 - お年寄りら、温かく」、『信濃毎日新聞』朝刊22頁、2005年(平成17年)1月6日、信濃毎日新聞社• - 東日本旅客鉄道• 東日本旅客鉄道. 2019年8月19日閲覧。 - 小谷村• - 2017年(平成29年)6月8日、東日本旅客鉄道• - 東日本旅客鉄道 利用状況 [ ] 長野県統計書の1935年 - 1999年の乗車人員• 長野県編、『昭和十年 長野県統計書第二編』、1937年(昭和12年)3月、長野県• 長野県編、『昭和十一年 長野県統計書第二編』、1938年(昭和13年)3月、長野県• 長野県総務部統計課編、『昭和25年 長野県統計書』、1950年(昭和25年)3月、長野県総務部統計課• 長野県総務部統計課編、『昭和29・30年 長野県統計書』、1957年(昭和32年)3月、長野県総務部統計課• 長野県総務部統計課編、『昭和35・36年 長野県統計書』、1963年(昭和38年)3月、長野県総務部統計課• 長野県総務部統計課編、『昭和40年 長野県統計書』、1967年(昭和42年)3月、長野県総務部統計課• 長野県総務部統計課編、『昭和45年 長野県統計書』、1972年(昭和47年)7月、長野県総務部統計課• 長野県総務部情報統計課編、『昭和50年 長野県統計書』、1977年(昭和52年)9月、長野県総務部情報統計課• 長野県総務部情報統計課社会生活統計班編、『昭和55年 長野県統計書』、1982年(昭和57年)9月、長野県総務部情報統計課• 長野県総務部情報統計課社会生活統計班編、『昭和57年 長野県統計書』、1984年(昭和59年)11月、長野県総務部情報統計課• 長野県総務部情報統計課編、『昭和58年 長野県統計書』、1985年(昭和60年)11月、長野県総務部情報統計課• 長野県総務部情報統計課編、『昭和59年 長野県統計書』、1986年(昭和61年)12月、長野県総務部情報統計課• 長野県総務部情報統計課編、『平成6年 長野県統計書』、1996年(平成8年)10月、長野県総務部情報統計課• 長野県総務部情報統計課編、『平成7年 長野県統計書』、1997年(平成9年)10月、長野県総務部情報統計課• 長野県総務部情報統計課編、『平成8年 長野県統計書』、1998年(平成10年)10月、長野県総務部情報統計課• 長野県企画局情報政策課、『平成9年 長野県統計書』、1999年(平成11年)11月、長野県企画局情報政策課• 長野県企画局情報政策課編、『平成10年 長野県統計書』、2000年(平成12年)10月、長野県企画局情報政策課• 長野県企画局情報政策課編、『平成11年 長野県統計書』、2001年(平成13年)10月、長野県企画局情報政策課 JR東日本の2000年以降の乗車人員.

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