東京 国立 博物館。 【東京国立博物館】アクセス・営業時間・料金情報

特別展「きもの KIMONO」

東京 国立 博物館

独立行政法人を構成する。 所在地は東京都台東区。 1871年文部省博物局設置,1872年で日本最初のが開催され,この年を創立年とする。 その後,とが変わり,1882年上野公園に,1886年宮内省所管となり 1889年,1900年東京と。 1947年文部省所管となり国立博物館に,1952年東京国立博物館とを変更した。 2001年4月の中央省庁改編に伴い所管のに移行した。 所蔵品は『普賢菩薩像』『』『』など 91点, 618点 2003年3月現在 をはじめ,,,歴史,,民俗資料など 10万点以上と国内最大規模を誇る。 現在のは 1937年竣工で,ほかに,,,資料館,平成館がある。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 東京都台東区上野公園内にある日本最初の博物館。 1872年を陳列館として発足。 古来の宝物,歴史的遺品を保存。 1882年現在地に移転,1886年宮内省管理となり,1889年帝室博物館と改称,日本における代表的博物館となった。 1952年現名に改称,1968年敷地内に東洋館を建築し,東洋美術品を収蔵。 1978年には宝物館(1999年新館開館),1984年には資料館,1999年には平成館が開館。 2001年4月,,とともに独立行政法人国立博物館(2005年10月開館のもこの組織に加わる。 2007年4月より独立行政法人国立機構)に移行した。 明治5年 1872 創立。 略称「東博 とうはく 」。 東洋の美術工芸品・考古資料を収蔵・展示する。 日本初の博物館。 本館、表慶館、東洋館、平成館、法隆寺宝物館、黒田記念館などからなる。 ジョサイア・コンドルが設計した旧本館は関東大震災で甚大な被害を受け、その後昭和天皇のを記念して建設された現在の本館 旧東京帝室博物館本館、国重要文化財 は昭和13年 1938 開館。 建物の原案設計は渡辺仁 じん。 上野公園内にある。 tnm. 東京都台東 たいとう 区上野公園にある。 1872年(明治5)9月、神田・湯島のもと聖堂大成殿を博物館にしたのがその初めで、1881年に現在地(旧、寛永寺本坊跡)に移転、イギリスの建築家コンドルの設計による新博物館が開館した。 1908年(明治41)には片山東熊 とうくま 設計の表慶館(重要文化財指定。 2049平方メートル)が竣工 しゅんこう 、また1923年(大正12)の関東大震災で罹災 りさい した旧本館にかわって、1938年(昭和13)には現在の本館である新館(設計競技の当選作を伊東忠太 ちゅうた らの委員が修正。 2万2416平方メートル)が開館、この2館は第二次世界大戦の被害を免れ現在に至っている。 この間、農商務省の所管から、帝国博物館、さらに帝室博物館と転じ、戦後は1947年(昭和22)新憲法公布とともに国立博物館と改称、さらに1950年の文化財保護法制定に伴い、同保護委員会の付属機関となって東京国立博物館と改称、ついで1968年の文化庁発足と同時にその所管となり、2001年(平成13)4月から独立行政法人国立博物館、2007年4月から独立行政法人国立文化財機構のなかの一つの組織となった。 施設の面でも1964年に法隆寺宝物館(1697平方メートル)、1968年には谷口吉郎 よしろう 設計の東洋館(1万2531平方メートル)が完成し、既存の2館とあわせて広大な規模に拡充された。 法隆寺宝物館は改築され(3980平方メートル)、1999年(平成11)7月開館した。 10万2623平方メートルに及ぶ敷地内にはこれらの施設のほか、旧池田屋敷の黒門、旧十輪院宝蔵の校倉 あぜくら 、慶安 けいあん 年間(1648~1652)に金森宗和 そうわ がつくった茶室六窓庵 ろくそうあん をはじめ、応挙館、九条館など由緒ある建築の遺構が移建されている。 館内の保管陳列品は主として日本およびアジア諸地域の美術・工芸・考古資料などで、あわせて総数11万6268点、うち国宝87件、重要文化財634件(2015年3月末時点)で、ほかに外部からの出品寄託品も3064点に及んでいる。 博物館のおもな仕事は、これら収蔵品の収集・保管・展示のほか、調査・研究・資料収集などであるが、1984年2月には新しく資料館の建物が完成し、この方面の活動に一段と力を入れるようになった。 また企画展のための特別展示場として平成館(1万7981平方メートル)が1999年(平成11)10月開館した。 展示は平常陳列(各部門とも定期的に陳列替えが行われている)のほか、内外の特別展が催され、広く一般の観覧に供している。 普及活動においても列品解説・講演・講座の開催、情報誌『国立博物館ニュース』、雑誌『 Museum』(ともに隔月刊)、目録などの発行、映画・スライドの作成、地方巡回展など各種に及んでいる。 休館日は毎週月曜日(祝日の場合翌日)と、年末年始。 こうして最初に生まれたのが1882年設立の現在ので,その後奈良,京都にも国立博物館が設置されるが,ただそのコレクションはもっぱら日本,東洋の美術品に限られていた。 維新における欧化の波は美術界にも及び,多くの芸術家が渡欧してヨーロッパの新旧の美術を学び,〈洋画〉という新しいジャンルも確立されたが,西洋の美術品を系統的に収集しようとする努力はほとんどなされなかった。 出典| 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について.

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【中止のお知らせ】 東京国立博物館は、新型コロナウイルス感染防止のため2月27日(木)から臨時休館としていますが、このたび政府からの緊急事態宣言が出されたため、当面は臨時休館を継続いたします。 これにともない、5月10日 日 までの会期を予定しておりました 特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」は大変残念ながら開幕を断念し、中止することといたします。 本展覧会を楽しみにしてくださっていた皆様には本当に申し訳ございませんが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。 なお、チケットの払い戻しについては、緊急事態宣言が解除され次第開始する予定です。 払い戻し期間や払い戻し方法は、をご覧ください。 また、展覧会公式図録や関連グッズの販売についてはで販売しております。 世界遺産・法隆寺。 その西院伽藍(さいいんがらん)の中心をなし、世界最古の木造建築である金堂には、およそ1300年前の飛鳥時代に描かれた壁画がありました。 東洋仏教絵画の白眉と言われた貴重なこの壁画は、戦後間もない昭和24年(1949)の火災により大半が焼損してしまいましたが、焼損前に描かれた模写の数々やガラス乾板などが残されているおかげで、今でもその威容をうかがい知ることができます。 2020年は、法隆寺金堂の火災をきっかけに、1950年に文化財保護法が成立してから70年となる節目の年です。 本展では、法隆寺金堂壁画の優れた模写や、焼損後に再現された現在の壁画、そして日本古代彫刻の最高傑作の一つである国宝・百済観音など金堂ゆかりの諸仏を展示します。 法隆寺金堂の美の世界を体感していただくとともに、文化財を保護し継承することの大切さを伝えていきます。

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特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」

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独立行政法人を構成する。 所在地は東京都台東区。 1871年文部省博物局設置,1872年で日本最初のが開催され,この年を創立年とする。 その後,とが変わり,1882年上野公園に,1886年宮内省所管となり 1889年,1900年東京と。 1947年文部省所管となり国立博物館に,1952年東京国立博物館とを変更した。 2001年4月の中央省庁改編に伴い所管のに移行した。 所蔵品は『普賢菩薩像』『』『』など 91点, 618点 2003年3月現在 をはじめ,,,歴史,,民俗資料など 10万点以上と国内最大規模を誇る。 現在のは 1937年竣工で,ほかに,,,資料館,平成館がある。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 東京都台東区上野公園内にある日本最初の博物館。 1872年を陳列館として発足。 古来の宝物,歴史的遺品を保存。 1882年現在地に移転,1886年宮内省管理となり,1889年帝室博物館と改称,日本における代表的博物館となった。 1952年現名に改称,1968年敷地内に東洋館を建築し,東洋美術品を収蔵。 1978年には宝物館(1999年新館開館),1984年には資料館,1999年には平成館が開館。 2001年4月,,とともに独立行政法人国立博物館(2005年10月開館のもこの組織に加わる。 2007年4月より独立行政法人国立機構)に移行した。 明治5年 1872 創立。 略称「東博 とうはく 」。 東洋の美術工芸品・考古資料を収蔵・展示する。 日本初の博物館。 本館、表慶館、東洋館、平成館、法隆寺宝物館、黒田記念館などからなる。 ジョサイア・コンドルが設計した旧本館は関東大震災で甚大な被害を受け、その後昭和天皇のを記念して建設された現在の本館 旧東京帝室博物館本館、国重要文化財 は昭和13年 1938 開館。 建物の原案設計は渡辺仁 じん。 上野公園内にある。 tnm. 東京都台東 たいとう 区上野公園にある。 1872年(明治5)9月、神田・湯島のもと聖堂大成殿を博物館にしたのがその初めで、1881年に現在地(旧、寛永寺本坊跡)に移転、イギリスの建築家コンドルの設計による新博物館が開館した。 1908年(明治41)には片山東熊 とうくま 設計の表慶館(重要文化財指定。 2049平方メートル)が竣工 しゅんこう 、また1923年(大正12)の関東大震災で罹災 りさい した旧本館にかわって、1938年(昭和13)には現在の本館である新館(設計競技の当選作を伊東忠太 ちゅうた らの委員が修正。 2万2416平方メートル)が開館、この2館は第二次世界大戦の被害を免れ現在に至っている。 この間、農商務省の所管から、帝国博物館、さらに帝室博物館と転じ、戦後は1947年(昭和22)新憲法公布とともに国立博物館と改称、さらに1950年の文化財保護法制定に伴い、同保護委員会の付属機関となって東京国立博物館と改称、ついで1968年の文化庁発足と同時にその所管となり、2001年(平成13)4月から独立行政法人国立博物館、2007年4月から独立行政法人国立文化財機構のなかの一つの組織となった。 施設の面でも1964年に法隆寺宝物館(1697平方メートル)、1968年には谷口吉郎 よしろう 設計の東洋館(1万2531平方メートル)が完成し、既存の2館とあわせて広大な規模に拡充された。 法隆寺宝物館は改築され(3980平方メートル)、1999年(平成11)7月開館した。 10万2623平方メートルに及ぶ敷地内にはこれらの施設のほか、旧池田屋敷の黒門、旧十輪院宝蔵の校倉 あぜくら 、慶安 けいあん 年間(1648~1652)に金森宗和 そうわ がつくった茶室六窓庵 ろくそうあん をはじめ、応挙館、九条館など由緒ある建築の遺構が移建されている。 館内の保管陳列品は主として日本およびアジア諸地域の美術・工芸・考古資料などで、あわせて総数11万6268点、うち国宝87件、重要文化財634件(2015年3月末時点)で、ほかに外部からの出品寄託品も3064点に及んでいる。 博物館のおもな仕事は、これら収蔵品の収集・保管・展示のほか、調査・研究・資料収集などであるが、1984年2月には新しく資料館の建物が完成し、この方面の活動に一段と力を入れるようになった。 また企画展のための特別展示場として平成館(1万7981平方メートル)が1999年(平成11)10月開館した。 展示は平常陳列(各部門とも定期的に陳列替えが行われている)のほか、内外の特別展が催され、広く一般の観覧に供している。 普及活動においても列品解説・講演・講座の開催、情報誌『国立博物館ニュース』、雑誌『 Museum』(ともに隔月刊)、目録などの発行、映画・スライドの作成、地方巡回展など各種に及んでいる。 休館日は毎週月曜日(祝日の場合翌日)と、年末年始。 こうして最初に生まれたのが1882年設立の現在ので,その後奈良,京都にも国立博物館が設置されるが,ただそのコレクションはもっぱら日本,東洋の美術品に限られていた。 維新における欧化の波は美術界にも及び,多くの芸術家が渡欧してヨーロッパの新旧の美術を学び,〈洋画〉という新しいジャンルも確立されたが,西洋の美術品を系統的に収集しようとする努力はほとんどなされなかった。 出典| 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について.

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