小川 糸 ライオン の おやつ。 小川糸さんの『ライオンのおやつ』を読みました

『ライオンのおやつ』 小川 糸

小川 糸 ライオン の おやつ

テーマは「人生最後に食べたいおやつとは?」。 小川さんの新著『ライオンのおやつ』(ポプラ社)の主題だ。 物語が生まれた背景や込めた思いを、小川さんはゆっくりと、静かに語った。 イベントは『ライオンのおやつ』担当編集者の吉田元子さんとの対話形式で進んだ。 この物語は、33歳の女性・海野雫(うみのしずく)が主人公。 雫はがんで余命を宣告され、瀬戸内の島にあるホスピス「ライオンの家」で最後の日々を過ごす。 そこには、入居者がもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があった。 なぜ、おやつなのか。 小川さんは「おやつの記憶は、喜びや楽しさをまとっている。 自分にも幸せな時間があったなと、人生を肯定的に受け取れるのでないかと思いました」と話した。 作品には、こんな一節がある。 「おやつを前にすると、誰もが皆、子どもに戻る。 きっと私も、おやつの時間は子どもの瞳になっているのだろう」 幼いころ、明治生まれの祖母がよく作ってくれたのが、あられやおまんじゅう。 友だちのお母さんはケーキを作ってくれるのに、華やかさに欠けると不平を言った。 すると初冬のある日、祖母はストーブの上にフライパンを乗せ、おっかなびっくりの手つきでホットケーキを焼いてくれた。 「祖母は生まれて初めてケーキと名の付くものを作った。 あのとき食べた味は、ずっと記憶に残っています」。 だから自身の最後のおやつは、あのときのホットケーキ。 『ライオンのおやつ』は「死」も大きなテーマになっている。 死に向かう雫の体と心の変化が繊細に、丁寧に描かれる。 切なさの中で、日々をいとおしむ姿が輝きを放つ。 自分の心を見つめながら、人生を真剣に歩んでいく若い女性を描くのは、デビュー作『食堂かたつむり』から『つるかめ助産院』『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』へと続く作品群と共通している。 死を描こうと思ったきっかけは、母が病で余命を宣告されたことだった。 「死ぬのが怖い」と言う母を見て、死をきちんと見つめてみたいと思った。 「死ぬのが怖くなくなるような話を書きたいな」とも。 その象徴が、物語の中に出てくるおかゆ。 「おかゆみたいに体にも心にも滋養がいきわたって、読む人の心がぽかぽかになれば」と願った。 吉田さんは、幅広い層から感想が届いていることを紹介した。 「90歳を超えた人から『喜んで旅立って行けそう』と。 若い人からは『いつか自分が棺おけに入るときは、お守り代わりにこの本を入れてほしい』というお便りが来ています」 小川さんが「私自身、食べることが喜び。 味や色、匂いが読者の体全体に伝わるように、頭ではなくおなかを使って書いているようなイメージです」と話すと、大きな拍手が起きた。 (西秀治) =朝日新聞2019年11月30日掲載.

次の

『ライオンのおやつ』小川糸 / 辛いとき手にとって読みたい物語

小川 糸 ライオン の おやつ

母に癌が見つかり、数年ぶりに電話で話した時、母はわたしに、「死ぬのが怖い」と言った。 それが、この物語を書くきっかけとなった。 わたし自身は、自分が死ぬことに対しての恐怖を感じたことがなかったので、その反応に驚いたのだ。 死には、主観的な死と、客観的な死のふたつがある。 前者は怖くないけれど、もちろんわたしだって、家族や友人の死は、想像するだけで足が震えそうになる。 今回書こうと思ったのは、自分自身が死に向かう、主観的な死の方だ。 もちろん、わたしもまだ死んだことがないから、想像することしかできない。 実際に死んで、死とは何かがわたしの中で明らかになった時、わたしはもうそれを言葉にすることができない。 そのことを、とても残念に思う。 わたしは、自分が死んだ後にどんな世界を見られるのかワクワクしているけれど、多くの人は、母と同じように、死に対して、漠然とした不安を抱いているのだろう。 ならば、死が怖くなくなるような物語を書いてみようと思ったのだ。 母の死には間に合わなかったけれど、母が、わたしの背中を押し、この物語へと導いてくれた。 価値観の全く異なる母とは、子どもの頃から犬猿の仲だった。 多くの時間を、不毛な闘いに費やし、お互いに傷つけ合い、くたびれ果てた。 けれど、それによってわたしの芯は叩き上げられ、わたしは、物語を書くようになった。 現実逃避の手段として書き始めた物語だったけれど、そこにわたしは、希望や光、生きる喜びを見出した。 母に余命が宣告されたことで、わたしの、母に対する立ち位置が変わった。 今まで見ていた方向から反対側に移動して母を見ると、そこには、わたしが全く気づかなかった母の姿があった。 認知症が出始めた母を、わたしは初めて、愛おしいと感じた。 そして、自分が母を本当は好きだったこと、母もわたしを、母なりの愛情を持って接してくれていたことに気づいた。 母が亡くなったことで、わたしはようやく、それまでずっと繋がっていたへその緒が切れたように感じ、そして母が新たに、わたしの胎内に宿ったような気がした。 母が生きている頃より、亡くなってからの方が、ずっと母を身近に感じる。 こんなふうに、死というものは、時に、それまでの関係性をくるっとひっくり返してしまうような、魔法を秘めた人生の切り札になるうると実感した。 この物語を書くにあたって、量子力学に関する本を、たくさん読んだ。 命の誕生、死、宇宙。 難しくてわからないなりに、そこには真実があるような予感がした。 執筆中、母に続いて、父と、そして友人のミユスタシアが、人生を終えて旅だった。 ミユスタシアとも、よく、死んだらどうなるんだろう、という話をして盛り上がっていた。 だからわたしは、この物語を、父と、母と、ミユスタシアに捧げたいと思う。 死がテーマの物語ではあるけれど、重く、悲しいお話にはしたくなかった。 人は、いつか必ず死ぬ。 だからこそ、今この瞬間瞬間を、大切に生きる。 この物語を通して、生きていることの喜びや愛おしさが表現できていたら、とても嬉しい。 ポプラ社の吉田元子さんには、六年ぶりに新しい作品を担当していただいた。 二人三脚の相手が吉田さんだったら、この物語を最後まで書けると思った。 『食堂かたつむり』のデビューから十一年。 その間、ずっと書き続けてこられたのは、ひとえに吉田さんが、時に間近で、時に遠くから、励まし、見守ってくださったから。 そして吉田さんだけでなく、これまでのわたしの担当をしてくださったすべての編集者のおかげで、この物語が書けたのだと思っている。 あれからもう十一年が経ったなんて信じられないけれど、これまでわたしの本を読んでくださったすべての読者の方に、心からの感謝を申し上げます。 温かく見守ってくださり、本当に、本当に、ありがとうございます。 2019年 初秋 小川糸.

次の

小川糸さんの『ライオンのおやつ』を読みました

小川 糸 ライオン の おやつ

小川糸の母について まず、小川糸さんの母親について見ておきたいと思います。 小川糸さんにとって、母親はとても強くて威圧的な存在だったそうです。 娘を自分の思い通りに支配しようとする傾向があったようで、高校進学の時も、小川糸さんは芸術関係の学校に行きたいのに、無理に進学校に入学させられました。 ある時「どうしてこの人が親なのだろう?」と思った小川糸さんは、思い切って占い師さんに見てもらいに行きます。 その時の占い師さんの言葉で、自分は今神様にテストされているんだと思えるようになり、気持ちが解放されたのだそうです。 そういう感じなので、小川糸さんは大人になっても、母親とは距離を置いてきました。 しかし、母親が病気になり死期も近づいてから、小川糸さんは母親のことを初めていとおしく思えました。 亡くなる数日前に病院に行った時、「これで最後だと思うから、笑って。 」と言ったら、それまで機嫌が悪かった母親が笑ってくれたのだそうです。 母親が亡くなった後、父の再婚によって、小川糸さんには二人目の母親ができました。 二人目の母親は、小川糸さんの夫となる水谷公生さんとは7歳しか年が離れていません。 義母は最初は結婚を反対しましたが、水谷さんと会ってからは反対しなくなったそうです。 小川糸の夫と子供は? 次に小川糸さんの夫と子供のことに触れておきます。 小川糸さんの夫は音楽プロデューサーでFairlifeのメンバーでもある 水谷公生さんです。 水谷公生さんは岩崎宏美さんや浜田省吾さん、その他数多くの有名な歌手の歌の作曲や編曲を手掛けています。 またご自身も一流のギタリストで、多くのバンドで演奏してきました。 小川糸さんは大学生で21歳の時、夫となる水谷公生さんと出会いました。 その時、水谷さんは47歳の離婚経験者でした。 小川糸さんは、いつまでも音楽が好きで子供のような心を失わない水谷さんに惹かれ、 2000年に結婚しました。 夫の水谷さんは小川糸さんの料理がプロ級の腕であることにすごく感激し、喜んで食べてくれるのだそうです。 また夫は、小川糸さんの影響で最新のデジタル機器に出会い、自宅でレコーディングを始めました。 夫の水谷さんは60歳の時、脊柱管狭窄症になりギターが弾けなくなったのですが、今はデジタル機器を使って音楽のお仕事を続けています。 夫にとって、小川糸さんとの出会いは人生最高の宝物ですね。 子供についても調べてみましたが、情報はありませんでした。 小川糸さんには子供はいないようです。 子供はいなくても、小川糸さんと夫は互いを尊敬し、お二人らしい人生を送っておられます。 小川糸のプロフィールと経歴 最後に、小川糸さんのプロフィールと経歴についてお伝えします。 プロフィール 小川糸さんは「糸通信」という、とても素敵な公式サイトをお持ちです。 プロフィールは、その「糸通信」から引用させていただきます。 1973年生まれ。 デビュー作 『食堂かたつむり』(2008年)以来30冊以上の本を出版。 作品は英語、韓国語、中国語、フランス語、スペイン語、そしてイタリア語など様々な言語に翻訳され、様々な国で出版されている。 『食堂かたつむり』は、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、2013年にフランスのウジェニー・ブラジエ賞を受賞した。 またこの作品は、2010年に映画化され、2012年には『つるかめ助産院』が、2017年には『ツバキ文具店』がNHKでテレビドラマ化された。 『ツバキ文具店』と、その続編となる『キラキラ共和国』は、日本全国の書店員が主催する「本屋大賞」候補となった。 子供の頃、自宅にはあまり本がなく、隣の家にある絵本を読んでいました。 小学校時代は文を書くのが好きで、自分で物語を想像していたそうです。 読書感想文を書くのも好きで、そのために本を読んでいました。 中学1年生の時、やはり読書感想文を書くために「はてしない物語」を読み、初めて自分が物語の中に入っていく経験をしました。 その時に書いた読書感想文はコンクールの全国大会で受賞したそうです。 高校は地元の山形県立山形東高等学校に進学します。 山形東高等学校は進学校で、皆すごく勉強していたそうです。 小川糸さんは高校に行きたくなくなったのですが、行かないと面倒なことになるので 多分母親との関係ですね。 )、どうしても行かないといけない状況を自分で作ります。 それが野球部のマネージャーになるということ。 すごい発想ですね。 ここが小川糸さん独特の前向きさだと思います。 また図書館で過ごすのが好きで、高校以外でも、よく図書館に通っていたそうです。 1992年、上京して清泉女子大学に進学します。 大学では国文学科で古代文学を専攻し、「古事記」を研究します。 万葉集研究会というサークルにも入っていました。 大学在学中に夫となる水谷公生さんと出会います。 大学卒業後、マーケティングの会社に就職。 数か月後、情報誌のライターに。 しかし、休刊になりリストラされます。 その後はアルバイトをしますが、本を書きたい気持ちが強くなり、執筆を始めます。 リストラと同時に住む家も失い、水谷公生さんと暮らし始めます。 執筆活動は続き、作品を出版社に持ち込んだり文学賞に応募したりしていましたが、1999年、雑誌「リトルモア」に「密葬とカレー」を発表しました。 2000年、結婚。 2004年、夫の水谷公生さんとともに音楽制作ユニット「Fairlife」を結成して 「春嵐」というペンネームで作詞家としての活動も始めます。 2007年には絵本「ちょうちょ」を発表しました。 しかし小説家としてはなかなか芽が出ず、「これでだめだったら諦めよう。 」と思い、好きな料理を題材にした 「食堂かたつむり」を「2006年第1回ポプラ社小説大賞」に応募します。 入選はできなかったのですが、編集者の目に留まり、 2008年に出版することに。 こうして遂に小説家としてデビューを果たしました。 「食堂かたつむり」はTBSの人気番組「王様のブランチ」で注目され、 「第7回輝く! ブランチBOOK大賞・新人賞」を受賞します。 また売上82万部を超えるベストセラーとなり、 2010年に映画化されます。 そして2011年にはイタリアの文学賞である バンカレッラ賞 料理部門賞を、2013年にはフランスの ウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞しました。 2010年に発表した 「つるかめ助産院」はドラマ化されて、2012年にNHKで放送されました。 2016年には地元、山形県にできた東桜学館中学校・高等学校の校歌を作詞。 2017年、「ツバキ文具店」が本屋大賞4位になり、これもテレビドラマ化されました。 2017年春からは長年行きたかったドイツで、語学の勉強と執筆活動をされています。 2018年、「キラキラ共和国」が本屋大賞にノミネートされました。 そして、2020年、 「ライオンのおやつ」が2020年本屋大賞候補作に。 3度目のノミネートです。 まとめ 今回は、本屋大賞に3度目のノミネートとなった小川糸さんの母と夫、子供、プロフィールと経歴についてお伝えしました。 小川糸さんの作品には「日常」が綴られているのですが、そこにある優しさや温かさが読者の心を癒してくれます。 小川糸さんは、こう語っておられます。 母の死を経て書き始めたこの『ライオンのおやつ』でも、死がもたらすものが苦しみやつらさばかりではないことを描きたいと思いました。 (中略) どれだけ体が弱って残された時間が短いとしても、生きていれば喜怒哀楽があり、幸せを感じる瞬間も、変わるチャンスさえあるということも描きたいと思いました。 2020年本屋大賞の発表は4月7日 火 です。 楽しみですね。

次の