ユウキ ロック。 M

ユウキロック(ハリガネロック)の現在は?結婚や仕事、相方についても!

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徳井健太(平成ノブシコブシ) この世には、読まなきゃならない本が何冊かだけ、あると思う。 痛い痛いと叫びながら、自分の骨を鋭く削り。 辛い辛いと泣きながら、自分の血を絞る。 出来上がった細く尖った骨のペンと、赤黒く溜まった血のインクで、自らの内臓をこと細かに書き、他人からの批判と罵倒を受け入れる。 そんな命を賭して書いた本が、ユウキロックさんの書いた「芸人迷子」だ。 どんな世界も、たった幾人かの天才がコロコロと回し、その周りを秀才がセコセコと回る。 さらにその周りを一般人がヒーヒーと回る。 それは、お笑いの世界も同じ。 その諸行無常のシステムに気付いた時、自分がどの列にいて、何をするべきか。 迷い、悩む人間の生々しい吐露がここに、刻まれている。 辛いけど読んだ方が良い。 これは、読むべき本だから。 日刊SPA! お笑いコンビ『ハリガネロック』解散……。 ボケ担当のユウキロックと、若手時代を大阪で共に過ごしたチュートリアル・徳井義実が語る、知られざるエピソードの数々。 その苦悩や葛藤の道のりは昨年、自叙伝『芸人迷子』のなかでも綴られていたが、それだけではない。 お互いにライバルとも呼べる存在だったブラックマヨネーズや中川家との関係、最後の舞台で相方にかけた言葉とは——。 お笑いコンビ「ハリガネロック」が輝かしい実績を誇りながら、解散に至るまでの苦悩や葛藤、その軌跡を赤裸々に綴った自叙伝『芸人迷子』。 その著者であるユウキロックと、現役の人気お笑いコンビ「チュートリアル」の徳井義実が対談を行った。 元芸人と芸人、そして若手時代から共に過ごしてきた仲の良い先輩と後輩の間柄。 そんな関係にある2人だからこそ飛び出たエピソードとは!? 2000年代に賞レースを賑わせたユウキロック(元ハリガネロック)と、やついいちろう(エレキコミック)によるトークショー「芸人という生き方~ユウキロック『芸人迷子』発売記念」が6日、銀座の書店EDIT TOKYOにて開催された。 彼らが突然の解散を発表したのが2014年2月25日。 同日、ボケ担当だったユウキロックがメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』にて連載「芸人迷子~終わってる、いや終わってない~」をスタートさせる。 コンビ解散に至るまでの相方との軋轢や心情の変化などをリアルに綴るとともに、影響を受けた大御所やNSCの同期、後輩らとの濃密なやりとりが事細かに紹介され、お笑い関係者はもちろんのこと、広く注目を集めることとなった。

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ユウキロックの結婚相手(嫁)は誰?顔画像や馴れ初め(出会い)は?

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目次 (クリックでジャンプ!)• ハリガネロックのプロフィール• メンバー : ユウキロック(松口祐樹)、大上邦博• 活動期間 : 1995年~2014年• 出身 : NSC大阪校11期生• 芸種 : 漫才• 主NSC同期 : 小林友治(コンドーコバヤシ)、たむらけんじ、陣内智則、中川家、ハリウッドザコシショウ、野々村友紀子 ユウキロックさんと大上さんとの出会いはNSCでした。 もともとはユウキロックさんはコンドーコバヤシさんと「松口VS小林」というコンビ、大上さんはルート33の堂土さんと「あっぱれ団」というコンビで活動されいました。 同期も今は全国区で活躍されているかたばかりですね、同期に恵まれているといえるでしょう。 同期の野々村友紀子さんは、2丁拳銃の修士さんと結婚された女性ですね!修士さんの記事で少し紹介しているのでよければご覧ください! 修士さんと野々村友紀子さんの記事 漫才のスタイルは、ユウキロックさんのハイテンションなボケが印象的で、よく2人そろってのツッコミであるユニゾンツッコミも印象的です。 コンビ名の由来 コンビ名はユウキロックさんが考えられており、 表向きは「大上さんがハリガネにように痩せていて、ユウキロックがロックがすきだったから」 と言われていましたが、実はこれはフェイクであったことを明かしています。 しかもこの 本当の由来は、合い方の大上さんにも語っておらず、その理由としては ユウキロックさん自身が「 この由来を誰が理解してくれるのか!?」 という思いがあったため、相方にすら話していなかったでそうす。 これは相方さんが一番ショックであったのではないでしょうか!? ハリガネは自分のことを言っていると思っていたはずが、自分のことではなかった。。。 しかもわけのわからない伝説の不良という。。 笑 しかしユウキロックさんらいしいといえばそうかもしれませんね!笑 爆笑オンエアバトルでの活躍 ハリガネロックは、お笑い第4世代の人気芸人が多数でていた 「爆笑オンエアバトル」での上位の常連でした。 通算成績は予選敗退は一度もなく、初回の出演を除くの出演会は全て400キロバトルや500キロバトルオーバーの好成績を残しました。 また、 2001年のサマーSP大会では、541キロバトルと言う驚異的(一人だけ票をいれなかった)な記録を残しました。 ちなみに最高記録は545キロバトルのますだおかだで、全員がおもしろい票をいれたという記録があります。 そして 2002年の第4回チャンピオン大会では優勝を成し遂げました。 これだけ世間にウケていたハリガネロックが完全に消えてしまった原因は本当に気になります。 解散の理由 2008年のMBS新世代漫才アワード出場を皮切りに、ユウキロックさんと大上さんお思惑のすれ違いが発生し始めたそうです。 そしてそれは「M-1グランプリ」や「THE MANZAI」がきっかけであったのでしょう。 2001年のM-1グランプリで、中川家が優勝し、ハリガネロックは準優勝するという凄い記録を残しましたが、それ以降の出場で、順位が下がりつづけ、スランプに陥っていました。 そしてやがて決勝にすら残れなくなってきました。 スポンサードリンク おそらくこれがユウキロックさんからすると、大上に対する思いがかわるきっかけであったのかと思います。 昔は何をやってウケまくりで、息のあった漫才をされていましたが、もはや生気を失ってしまった感がありますね。 そしてM-1グランプリは2005年、 ブラックマヨネーズが優勝しますが、 ユウキロックさんは、 この漫才こと、ハリガネロックが目指していた理想の漫才 と語っておられました。 この漫才をきっかけに、 ハリガネロックの10年間は間違っていたと思い始めたそうです。 2008年以降はコンビとして漫才にはほとんどでなくなり、2013年のTHE MANZAIで決勝にいけなければ解散しようと大上さんに話したそうです。 そして、大会は2回戦で敗退し、解散に至りました。 なんとなく悲しいエピソードですよね。 私はオンエアバトルに出場されていた頃のハリガネロックの漫才が好きで、未だになぜ衰えていってしまったのかがまだわかりません。 おそらくユウキロックさんのスランプや、気持ちの持ちようが変わってしまい、漫才に勢いがなくなってしまったことでしょう。 あの漫才が2度と見れないと思うと悲しいですね。。 ユウキロックさんのプロフィール• 本名 : 松口 祐樹• 生年月日 : 1972年4月16日• 出身地 : 大阪府池田市• しかも体重65kgはかなりスタイル抜群のバランスではないでしょうか!?笑 家族について ユウキロックさんですが、あれだけ活躍されていて、面白い芸人ですから、めちゃくちゃモテそうですよね、嫁はいるのかな?ということでしらべてみたところ、 結婚はしているらしいが、それ以上のことは分からない という結論となってしまいました。 ユウキロックの嫁さんはおそらく一般人で、メディアには紹介していないのでしょうね。 しかし、 母親のことは漫才中に少しだけ触れていました。 私も長らく元ハリガネロックさんの姿をみなかったので、存在すらわすれてしまっておりましたが、 2017年12月30日のアメトークをみているとなんとユウキロックさんが出演されている!!! めちゃくちゃテンションがあがりましたよ!! この会では、アイリスオーヤマさんの企業努力を紹介されていましたね。 そしてテレビ出演が数年ぶりであることをお話されていました(いつぶりかは忘れました。 ) そしてそれからTwitterでユウキロックさんのアカウントをみつけて、チェックしていますが、現在はテレビにはあまり映ることがないお笑いイベントのMCであったり、自らピンで出演されたりという活動をされているようですね。 もピンで出演したりしています。 また M-1グランプリの地方大会のMCなど、なかなかの活躍ぶりです。 しかしながら全国放送のテレビはなかなか出演の機会がないようですね。。 以前出演されていた アメトークの家電芸人でも、久々のテレビであったせいか、あまり実力を発揮できないまま終わってしまったように思います。 昔のまぶしかった ユウキロックさんの姿を取り戻すにはもう少し時間が必要かも知れません。 いつか完全復帰してあのテンションマックスのユウキロックさんをまた見たいですね! まとめ テレビからはすっかり見なくなってしまったユウキロックさんですが、テレビに映らないメディアでしかっかりと活動されていました!! もうハリガネロックを見ることはできませんが、大上さんも芸能関連でかつやくされております。 またテレビに映っていただくように、二人を影ながら応援して、いきましょう! 今回は以上になります! 最後までご覧頂ありがとうございました!.

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ユウキロック(ハリガネロック)の現在は?結婚や仕事、相方についても!

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笑いの傑物たちとの邂逅、そして、己の漫才を追求し続けたゆえの煩悶の日々…。 お笑いコンビ「ハリガネロック」解散までを赤裸々に綴った迷走録。 『水道橋博士のメルマ旬報』連載に加筆し書籍化。 【「TRC MARC」の商品解説】 『僕が尊敬する漫才師が書いた、血だらけの告白がここにある。 何かを愛することは残酷なほどの痛みを伴う。 だからこそ、尊い。 後悔や 情けなさ、誰かの嘲笑さえも飲み込んだ日々は、 その尊さは、誰が何と言おうとも揺るがない。 その後も「第1回M-1グランプリ」準優勝、 「第4回爆笑オンエアバトル チャンピオン大会」優勝、 渋谷公会堂で史上初の漫才ライブを成功させるなど 実績を重ねていったかに見えていた二人は、なぜ解散を選んだのか? 「ぼやき漫才」で熱烈な支持を集めた お笑いコンビ「ハリガネロック」のユウキロックが 解散までの内幕をリアルに描写。 島田紳助、松本人志、千原ジュニア、中川家、 ケンドーコバヤシ、ブラックマヨネーズ…… 笑いの傑物たちとの日々の中で出会った 「面白さ」と「悲しさ」を綴った入魂の迷走録。 目の前にその人(著者)がいなくとも、そのエネルギーが目に見える。 それは、文章が上手い下手とは(ほぼ)無関係だ。 芸人としての誇りをもって、 漫才とひたすら向き合い極めようとして、 それができずに解散という選択をした芸人が、 それを振り返って綴ることば。 どれも重く、心をえぐられる。 途中からは涙が止まらず、ずっと胸が痛い。 ちなみに、ハリガネロックというコンビに深い思い入れは、ない。 初期のM-1とかオンバトが印象に残っていて、おもしろい漫才をするコンビだとは思っていた。 そのコンビが解散すると、ネットニュースか何かで見たときの感想は、 「あー、ハリガネロックって久々に聞いたな。 」くらい。 そんなもんだ。 そのコンビの片方、ユウキロックさんが、 水道橋博士のメルマ旬報で連載を始める、と。 その当時から購読していたので、ちょろちょろと読んでいた。 当たり前の話だが、 他人がどんな思いでどんな人生を生きているかなんて、 その人のことばを読んだり聞いたりしないとわからない。 それでもやはり、 そのメルマガの内容を加筆修正して 1冊の本にまとめると、また違ったパワーが生まれる。 読み進めるにつれ、 「あぁ、もうすぐこの物語の幕が下りてしまう」と思い 先に進むのをやめてしまいたい、 けど、 この話の続きも気になる。 なんて矛盾を抱えることができるのも、本の魅力。 よほど魅力のある本でないとそんな気持ちにはならないけど、この作品はそう思わせる。 すべての人が 著者のように何かを突きつめて 他のすべてを投げうってでもそれと向き合って生きろとは思わないし、そんなことにはならない。 けど、自分の好きなものには愛情を注ぎ、 後悔のない人生を送ろうとは思う。 まず時系列順じゃないのでわかりにくい。 いつケンコバとのコンビを解散したのか、ハリガネロックのいつ頃がピークだったのか、よくわからない。 で、芸人の文章は大抵オチが付いているのだけど(又吉の純文学でさえ)、これはそれが全くない。 むしろ読んでて伝わってくるのは相方と今一つブレイクしないことに対する苛立ちと緊張感。 本人が神経症だと思うくらい神経質だから余計に。 特に「M-1」や「THE MANZAI」の賞レースはとことん計算しながら、相方の態度も含めて計算通りにいかないから息苦しくなるほど。 とここまで悪いことしか書いてないけど、気持ちは凄い共感できた。 芸能の仕事に関わってる人なら誰しもある葛藤を、余すところなく描いてた。 芸人が解散、引退を決める時にどんな想いでいるのか。 アメトークのカメラ芸人での残念な姿以降、見る機会がなかった。 ユウキロックは好きじゃなかったけど、あの世界で彼の目はずっと何を見てたのか。 文体はちょっとカッコつけぎみですが、そういう性格なんでしょうね。 先輩に可愛いがられないキャラクター、打算的な性格、歩み寄れない相方との距離。 そういう性格なんだからしょうがない。 今までのやり方が間違っていたからって、急にそれを変えたりはできないもの。 正直に語られてたと思う。 相方への気持ちも。 大上さんにも言い分はあったんだろうけど、聞けないまま終わってしまった。 私はブラマヨが芸人で一番好きで、あのM-1は最高に面白かった。 あれがユウキロックのやりたい漫才だったとは。

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