光 genji 木山。 光GENJIのファンになったきっかけ・理由【後追いファン】

ジャニー喜多川氏の「泡風呂の儀式」「頬にキス」……オモチャにされた「15歳」が語る真実(2018/08/29 21:00)|サイゾーウーマン

光 genji 木山

1980年代中期にジャニーズ事務所に所属していた元でのメンバー候補であり『8人目の光GENJI』『元光GENJI』であったとする著者(山崎正人)が書き上げた。 、から発売、現在発売中止状態。 概要 [ ] 木山将吾(山崎正人)は、15歳の時にジャニー喜多川本人に見出され、2年ほど都内の合宿所へ通っていた。 「ジャニーズ・ジュニアの一員として、最初は本名で『さくら隊予備軍』に所属していました。 結局、セクハラの被害に耐えられず、17歳の時に逃げ出し、ジャニーズ事務所とはそれっきりです。 」と書いている。 仲間に「抵抗したらすべて終わりだぜ。 我慢しなきゃ。 」と言われていたことから、逃げ出すまでの期間、ジャニー喜多川に従っていた。 他のジャニー喜多川社長に対する暴露本と同様、マスコミでこの本の出版について報道されることはなかった。 後に3月に序章を新編集したうえで「 KAT-TUNへ - 赤西仁がやめた本当の理由」のタイトルで再刊されている。 関連項目 [ ]• この項目は、に関連した です。 などしてくださる(・/)。

次の

ジャニー喜多川の少年愛の噂&お気に入りメンバーまとめ【顔画像有】

光 genji 木山

昼夜問わない性奴隷、不気味な注射...... 合宿所の内部を明かした問題作『Smapへ』 『Smapへ』(鹿砦社) ジャニーズ暴露本の歴史の中で、ジャニー喜多川の変態性をもっとも生々しく描写し、ジャニーズ事務所の異常なタレント育成環境を詳細に綴っているのが、この『Smapへ』である。 著者の木山将吾氏は、「元・光GENJI」とされている。 そんなメンバーいたっけ? と思われるのも無理はない。 彼は、ジャニー喜多川の寵愛を受けて光GENJI入りが決まり、ポスター撮りまで済ませていたものの、"ある出来事"をきっかけにデビュー直前にメンバーから外された幻のメンバーなのである。 木山将吾 当時、木山氏はジャニー氏一番のお気に入りで、取材陣の前でも膝の上に座らされ、食事もジャニー氏の手で口に運んでもらっていたという。 そして、 夜はジャニー氏の欲望の捌け口として濃密過ぎる時間を過ごしていたというのだ。 彼は、そんな生活を余儀なくされた15~17歳の2年間を振り返り、「ジャニー喜多川の愛人だった」「性の奴隷だった」と表現している。 しかし、木山氏の告白は、「愛人」「奴隷」という言葉が生易しく聞こえてしまうほどの、まさに地獄以上の体験に満ちているのだ。 初めて合宿所を訪ねたその日に、ジャニー氏と一緒に風呂に入らされ、全身をくまなく洗われる"泡風呂の儀式"と、入念なマッサージの洗礼を受けた木山氏。 なんかおかしいなと思いながらも、デビューをほのめかすジャニー氏の言葉に酔いしれ、大きな問題としてとらえようとしなかったという。 二回目に合宿所を訪ねると、ジャニー氏は木山氏を後ろから抱きしめ、硬くなった股間を"まるで発情した犬のように"太ももに擦り付けてきたという。 そして、そのまま擦りつけ続け、なんと服を着たままズボンの中で果ててしまったというのだ。 そして 三回目に訪ねたときには、ジュニアたちが寝泊りする大部屋で舌技をしかけられ、木山氏はその口に発射してしまうことになる。 (中略)相手は六十歳の男だった。 でも、それが、この合宿所では当然の夜の儀式だった。 タレントとしてデビューするための......。 一回目の"泡風呂の儀式"のときに、「すぐにデビューだよ。 雑誌のインタビューがあるからね」と言っていたジャニー氏は、本当に、その直後に、木山氏をアイドル誌の取材で雑誌デビューさせていたという。 その後は、どこへ行くにもベッタリで自らが運転する車の中でも、ジャニー氏は助手席の木山氏の体を触りまくり、「キス! キスしてきなさい」とせがんできたという。 ついに一線を越えてしまうのは、木山氏がテレビに出始めたころ。 いつものようにジャニー氏の舌技で、あっさりと一本抜かれてしまったが、その日のジャニー氏はそれで満足することはなく、再び、木山氏の分身に力をみなぎらせると、馬乗りになって自らの中に木山氏の分身をめり込ませ、「ああ~ん、ああ~ん」と嬌声をあげていたというのだ。 これを機に、さらにジャニー氏は木山氏を特別視するようになり、さらに濃厚なプレイを強要され、木山氏もそれに従ったという。 こんな不幸がデビューには必要なのか...... トシちゃんよ、少年隊よ、忍者よ、男闘呼組よ、みんな本当によく我慢したな...... これだけのことに我慢したら、アイドルとしてがんばるしかないだろう。 成功しなければ、自分のプライドを取り戻せない そう思いながら、 木山氏は陵辱に耐え続け、ついに光GENJIとしてのデビューという夢へのチケットを手に掴んだ。 しかし、その夢は、木山氏の手からスルリと零れ落ちることとなってしまう。 きっかけは、諸星和己のこんな言葉だったという。 「次は木山くんだから。 注射打たれる番」 ジャニー氏の部屋にはよく分からない薬品と注射器がいつもあり、それが一体、なんの薬なのか知らされることもないまま、デビューが決まったタレントは強制的に、その注射を打たれていたというのだ。 ほかにも、都市伝説でしかなかったジャニー氏の、想像以上の変態性がリアルに描かれているのだ。 木山氏は、執筆当時に話題になっていたマイケル・ジャクソンの少年への性的虐待事件を引き合いに出しているが、マイケルは昨年6月に非業の死を遂げ、様々に再検証が行われた結果、現在では潔白とされ、その存在のすべてが伝説として語り継がれることとなっている。 間もなく80歳になるジャニー氏が現役でいられるのも、あと数年だろう。 そのとき、彼はどのように語られるのか。 "稀代のアイドルメーカー"として伝説になる前に、そのすべてをもう一度、しっかりと検証すべきではないだろうか。 -END- ジャニーズ合宿所と言われるマンション。 そして、そこで鑑賞した映画『ウェストサイドストーリー』に一同感動し、エンターテインメント事業を興そうと決意した。 1962年(昭和37年)4月、自身が集めた野球チームのメンバーである4名の少年と、最初のグループであるジャニーズ(通称・初代ジャニーズ)を結成する。 最初は池袋西口にある芸能プロダクション「新芸能学院(現:名和プロダクション)」に籍を置いていたが、1962年(昭和37年)6月にジャニーズ事務所を創業、渡辺プロダクションと業務提携し渡辺プロを窓口としていたが、1975年(昭和50年)1月、正式に株式会社として法人登記された。 2002年(平成14年)3月27日の一審判決では、ジャニー側が勝訴し、東京地裁は文春側に880万円の損害賠償を命じた。 文春側はこれを不服として東京高裁に控訴した。 2003年(平成15年)7月15日の二審判決では、ジャニー側の同性愛行為を認定した(矢崎秀一裁判長)。 このため同性愛部分の勝訴は取り消され、損害賠償額は120万円に減額された。 ジャニー側は損害賠償額を不服として最高裁に上告したが、2004年(平成16年)2月24日に棄却され(藤田宙靖裁判長)、120万円の損害賠償と同性愛行為の認定が確定した。 また、『ニューヨーク・タイムズ』、『オブザーバー』などの海外メディアでも取り上げられ、この問題をタブー視するなどして報道しない日本のマスメディアの姿勢を指摘した.

次の

昼夜問わない性奴隷、不気味な注射......合宿所の内部を明かした問題作『Smapへ』 (2010年8月26日)

光 genji 木山

Contents• なぜかと言われれば、理由は簡単で、 彼らは当時の一番のメディアであるTV(音楽番組・バラエティ・ドラマ)によく出演していたからにほかなりません。 逆をいえば、TVに出演していなければ=知らないわけで、光GENJIのメンバーはご存知の通り、1995年の解散後は最大の媒体であるTVの出演が激減しています。 そのため、わたしは今年で32才でありながら、光GENJIの現役時代をほぼ知らない「空白の世代」といえます。 高校生の頃の光GENJIのイメージ 当時意識したことはありませんが、ファンになった当時、高校生の頃の自分の「光GENJIのイメージ」は• 光GENJIはローラースケートを履いていた• 忍たまの「勇気100%」は光GENJIの歌である• 光GENJIメンバーが何人いるのかは知らない• 「ガラスの十代」と「パラダイス銀河」は光GENJIの歌?そうか、そんな気がする• 諸星和己はジャニーズだった…ような気がするが、なんであまりテレビに出ていないのだろう• 諸星和己は「芸能人は歯が命」のCMに藤原紀香と出演していた• そういえば、光GENJIは「ひらけ!ポンキッキ」に出ていた気がする• 光GENJIは「ミュージックステーション」にレギュラー出演していた• 山本淳一は、忍たまの歌を歌っていた• 内海光司は愛LOVEジュニアの司会をやっていたが最近見なくなった• 赤坂晃は「ホテル」の人 といったところ。 リアルな話、 当時は大沢樹生、佐藤アツヒロ、佐藤寛之の3人は知りませんでした。 これです、当時の最大のメディア「テレビ」に出演していないだけで、その存在すらも知らないということです。 光GENJIのファンになったきっかけ そんなわたしですが、元々ジャニーズのグループの曲は好きで、ちょこちょこと買っていました。 高校生の頃は、ブックオフに行って、Being系やジャニーズのCDを買ったりしていましたが、高校2年生のとある日(2001年)、ふと「は行」の箇所で「光GENJI」を目にします。 「光GENJI…?ローラースケートのグループか。 あれ…?確かジャニーズだったよな。 そもそも、光GENJIっていつ頃に活動していたグループなんだ?ん?1993年って思ったよりも割と最近だな。 メンバー7人もいたのか。 あ、これは諸星和己だな。 (内海、山本、赤坂は名前はうろ覚えだが)この3人も知ってる。 あとはよくわからないが、みんなイケメンだな。 勇気100%入ってるじゃん、買ってみよ。 」 手にしたのは「HEART'N HEARTS」でした。 家に帰ってトラック6の「勇気100%」を再生したたところ、透明感のある声と、小さい頃見ていたアニメのエンディングテーマに半ば感動を覚えます。 曲が終わり、感傷にひたっていた頃に再生された トラック7の「BOYS in August」のイントロにやられました。 「光GENJI、アツすぎる!!!」 バイクを運転し、ソッコーでブックオフに向かい、光GENJIのアルバムと8cmシングルをすべて購入しました。 光GENJIの曲で知っていた曲 光GENJIのCDを買いあさり、曲をどんどん再生していきます。 当時のわたしにとってはすべて「新曲」であり、まさにステーキと寿司とチョコレートパフェを同時に食べるような、贅沢なひとときです。 これまで32年生きてきた人生を振り返っても、一番贅沢な時間だったといえます。 ちなみに、色々な曲を再生していくなかで、わたしがメロディあるいは歌詞の一部でも知っていた曲は、以下の通り。 ガラスの十代• パラダイス銀河• リラの咲くころバルセロナへ• 君とすばやくSLOWLY• 勇気100%• Don't MIND 涙• 0点チャンピオン 以上です。 光GENJIの伝説が始まったデビュー曲「STAR LIGHT」は知りませんでした。 繰り返しになりますが、テレビの影響が非常に大きいことを痛感します。 光GENJIの何に魅かれたのか? 先述の通り、わたしが光GENJIのCDを初めて買ったのが「HEART'N HEARTS」なので、ハマるきっかけは後期光GENJIの透明感のある7人の声です。 このテイストだけでも十分魅力的でしたが、デビュー直後や中期の光GENJIの声や曲を聴いて、さらに深みがあることを知り、どっぷりとハマります。 特に、ファンタジー性がある曲や、神々しさを感じる曲の世界観には宗教的な何かさえ感じるほどでした。 ファンの方であれば「あー分かる分かる」と言ってもらえると思うのですが、例えばファンタジー性のある曲であれば下記の曲• DREAM FLIGHT• 恋の流星ブギ• 水の惑星• しょーがないよ!• Heartの地球儀• AMATERASU• エナジーは止まらない 神々しさを感じる曲は• 荒野のメガロポリス• PLEASE• 冒険者たち• AMATERASU あたり。 実際には上記のように安易に棲み分けができるほど光GENJIの魅力は浅くはないですが…。 そして、今でも思うことはただひとつ。 わたしは他のジャニーズのグループや曲も好きですが、 ファンタジー性・アイドルとしての別格感で光GENJIを上回るジャニーズグループはいません。 つまり、SMAPやTOKIOはジャニーズに所属するタレントではありますが、アイドルではない。 つまり、彼らはジャニーズ事務所に所属するバラエティータレント兼歌手であるということです。 光GENJIのファンが増えている実感を持てて嬉しい 最近、光GENJIのファンが増えているような気がします。 正確なデータはないですし、感覚論ですが、• 佐藤アツヒロのナカイの窓出演&ジャニーズカウコン出演• YouTube が大きいように思います。 地上波のゴールデン番組に、佐藤アツヒロがカッコよさMAXの状態で出演し、ローラースケートも披露したのは記憶に新しいです。 あの番組が放送された 2015年9月30日を境に、TwitterやYouTubeなどのソーシャルメディア上でじわじわと光GENJI熱が盛り上がってきていることを肌で感じます。 特に、 十代の若い子たちがファンになってくれていることは、すごく嬉しいです。 わたしも光GENJIのファンになった頃は十代でしたが、周りはSMAPの「らいおんハート」とか聴いてるわけで、光GENJIのことを語れる友人は少なかったですし、当時はソーシャルメディアもないので、発信・共有することもできませんでした。 しかし、今は違います。 ツイッターやYouTubeで共有し、個人の意見を発信することができます。 光GENJIの再結成を夢見る人はいるでしょう。 わたしもその一人です。 一度はコンサートに行ってみたい!そう思います。 しかし、大人の事情含め、現在の状態では7人揃って再結成というのは現実的に難しいです。 ただ、 今やれることは、光GENJIの魅力をTwitterやYouTubeなどのソーシャルメディアや個人ブログで、どんどん共有して発信していくことだと思います。 光GENJIのメンバーは、複雑な事情から現在でも「世間と繋がる最大の媒体」のひとつであるTVの出演が難しい状況です。 諸星君なんか、ラジオ番組を持っていてもおかしくないほどにトークが面白いと思うんですけどね! 世間に光GENJIの認知が浸透し、再評価されれば、光GENJIのメンバーに仕事を依頼したいというスポンサー企業が増えるかもしれない。 スポンサー企業が増えれば、光GENJIのメンバーをTVで見る機会が増える可能性があります。 光GENJIが再結成するには、事務所の問題、本人たちの意志もあるけど、もうひとつの問題は、再結成するときのスポンサー。 言い換えれば、ファンの数です。 金、人を動かせるのか。 事務所の問題と本人たちの意志については、わたしたちにはどうしようもできないけど、ファンを増やすことは、できる! — Johnny's A GO GO Johnnysagogo 最近は、わたしが光GENJIのファンになったきっかけであるBOOK OFFでも、「は行」の欄に光GENJIの文字がなくなってしまいました。 寂しいものです。 TVが難しければ、ソーシャルメディアがある。 今後も、光GENJIの魅力をどんどん発信して共有することで、光GENJIのファンになるきっかけを作っていきたいと思います。 こんにちは。 カナダに住んでいる26歳のアンナです。 私も「後追いファン」と言って2013年で光GENJIにハマった。 やっぱり平成生まれな外国人だから最近ちょっとだけ光GENJIのことを知ることになったね。 元々女性アイドル特にハロプロが好きなのでMスタを見てる。 それでMスタの歴史スペシャルを見てあの「80年代のローラースケートと派手な衣装のグループ」を気づいた。 「ガラスの十代」を聞いてYouTubeで色んな曲を探した。 可愛いと透明感がある歌声と素敵な歌詞と作曲で完全にファンになった。 ファンタジー曲と「青春の懐かしさ」を語る曲が一番好きです。 トップ5はこちら 「若さのゆくえ」 「サマー スクール」 「AMATERASU」 「伝説」 「365コの夜」 以上です。 普通の愛の歌じゃなくてファンタジーの歌です。 日本語能力は低いな私だってそれは絶対分かる(笑)。 他のグループではないの魅力を持っていた。 光GENJIに出会えて本当によかったです。 アンナさん、はじめまして。 驚きました!はじめに、アンナさん、日本語が流暢ですね!そして、カナダにお住まいの方が、光GENJIの後追いファンとは、驚くと同時に大変嬉しい思いです。 アンナさんが好きな光GENJIの曲、わたしも好きです(笑 「若さのゆくえ」「サマースクール」「365コの夜」は青春時代の切なさを歌う曲、そして「AMATERASU」「伝説(レジェンド)」はファンタジー系で神々しさを感じる曲ですね。 光GENJIだからこそ歌える、そして光GENJIだからこそ、聴き手に伝わる曲だと思います。 日本では色んな事情により、光GENJIのメンバーがTVに出演できる機会が少ないです。 ただ、今はYouTubeやSNSなどで、光GENJIのことを知り、後追いファンの方が徐々に増えてきていることを実感しています。 アンナさんのコメントをいただき、これからもっともっと、光GENJIの魅力を伝えていきたい!と強く思うようになりました。 ありがとうございます。 はじめまして。 初めて行ったコンサートは93年の光GENJI、今年で35歳になる主婦です。 当時は小学生でかーくんが好きと言いまくってたら知り合いを通じてチケットをいただいて入りましたが正直覚えてません。 笑 ファンのお姉様方の熱狂ぶりだけはすごく記憶に残ってますが… 後にも先にも光GENJIのコンサートに行ったのはそれっきりですが、その後SMAP、Jr. に浮気しながらも(現在主な活動は嵐に落ち着いています)細々と諸星和巳を見続けてきました。 super5がMステでローラースケートを置いてはけたシーンは今でも思い出して泣けます。 そんな中、2017年は結成30周年、本人も物理的に不可能だとは言っていますがやっぱり期待してしまう自分がいて、光GENJIのこと、光GENJIファンのことを検索してるうちにここに辿りつきました。 後追いファンだと公言されているのにとってもよく勉強されていて、記事も頷けるものばかり、光GENJI愛が伝わる素敵なブログですね。 ここに貼ってあるTwitterの ファンを増やすことは、できる に感動してコメントさせていただきました。 はじめまして。 同じく後追いファンのしべりあと申します。 私は今23歳なのですが、最近とある歌謡曲バーで『ガラスの十代』を聴いたことがきっかけで、「好い歌じゃん、ちゃんと聴いてみよ」と思いYou tubeでかつての光GENJIの栄光を目の当たりにし、すっかり魅了されてしまいました。 私は男性アイドルに惹かれたことがこれまでなかったのですが、光GENJIはJohnnys-a-go-goがおっしゃられているように、何と言うかもう、ファンタジー性やキラキラ感が別格なので、あっという間に恋に落ちてしまったのです。 デビュー時のキャッチコピーも「超新星からのメッセージ」ですし、異世界から来た王子様みたいな感じですよね。 ちなみに内海くんのファンです! 私も、もともと好きな昭和アイドルについて語るブログをやっているのですが、これからは光GENJIの素晴らしさも発信していき、ファンを一人でも多く増やしていきたいと思っています。 いつか、また七人が揃ってTVに出てくれると良いですよね。

次の