十訓抄 和訳。 十訓抄 第五の一五の一節鳥羽院の御時、雨いと降りける夜~思ひ出でられて、...

十訓抄の現代語訳を教えてください。

十訓抄 和訳

「黒=原文」・ 「青=現代語訳」 解説・品詞分解はこちら 問題はこちら 和泉式部、保昌が妻にて、丹後に下りけるほどに、京に歌合ありけるに、 和泉式部が、保昌の妻として、丹後へ下った時に、都で歌合があったところ、 小式部内侍、歌詠みにとられて、歌を詠みけるに、定頼中納言たはぶれて、 小式部内侍が、歌合せの歌人に選ばれて、歌を詠んだが、定頼中納言がふざけて、 小式部内侍、局(つぼね)にありけるに、「丹後へ遣はしける人は参りたりや。 いかに心もとなくおぼすらん。 」と言ひて、 小式部内侍が局(部屋)にいた時に、「(母の和泉式部に代作してもらうために)丹後へ派遣した人は帰って参りましたか。 どんなに待ち遠しく思いなさっているだろうか。 」と言って、 局の前を過ぎられけるを、御簾(みす)より半らばかり出でて、わづかに直衣(なほし)の袖を控へて 局の前をお通り過ぎになったのを、(小式部内侍は)御簾から体を分ほど出て、少し(定頼の)直衣の袖を引きとめて、 大江山 いくのの道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立 (母のいる丹後までの)大江山を越えて生野を通って行く道が遠いので、まだ(丹後の名所である)天の橋立に足を踏み入れていませんし、(母からの)文も見ておりません。 と詠みかけけり。 思はずにあさましくて、 と詠みかけた。 (定頼は、小式部内侍が即興ですぐれたこの歌を詠んだのを)意外だと驚いて、 「こはいかに、かかるやうやはある。 」とばかり言ひて、 「これはどういうことか、こんなことがあるか。 (いや、ない。 )」とだけ言って、 返歌にも及ばず、袖を引き放ちて逃げられけり。 小式部、これより、歌詠みの世におぼえ出で来にけり。 返歌もできず、袖を引き払ってお逃げになった。 小式部は、これ以降、歌人の世界でよい評判が出て来た。 しかし、定頼は小式部内侍がこれほどの秀歌をとっさに読むとは思っていなかったため驚き、その秀歌に対してふさわしい返歌を思いつかず、いたたまれなくなって逃げだした。 これはうちまかせての理運のことなれども、 これは当然の道理のことなのだけれども、 かの卿の心には、これほどの歌、ただいまよみ出だすべしとは知られざりけるにや。 あの卿(=定頼)の心には、(小式部内侍が)これほどの歌を、即座に詠むことができるとは、お考えにならなかったのであろうか。 lscholar.

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「十訓抄:大江山」の現代語訳(口語訳)

十訓抄 和訳

「十訓抄:大江山」の現代語訳 和泉式部、保昌が妻 めにて、丹後 たんごに下りけるほどに、京に歌合 うたあはせありけるに、小式部内侍、歌詠みにとられて、詠みけるを、 和泉式部が、保昌の妻として、丹後に下った頃に、京で歌合せがあったところ、小式部内侍が、歌詠みに選ばれて、(歌を)詠んだのを、 定頼中納言戯 たはぶれて、小式部内侍ありけるに、「丹後へ遣はしける人は参りたりや。 いかに心もとなく思 おぼすらむ。 」と言ひて、 定頼中納言がふざけて、小式部内侍が(局に)いた時に、「丹後(の母のもと)へおやりになった人は(帰って)参りましたか。 どんなにか待ち遠しくお思いのことでしょう。 」と言って、 局 つぼねの前を過ぎられけるを、御簾 みすより半 なからばかり出 いでて、わづかに直衣 なほしの袖をひかへて、 局の前を通り過ぎられたのを、御簾から半分ばかり(身を)乗り出して、ほんの少し直衣の袖を引っ張って、 大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天の橋立 大江山を越え、生野を通って行く道のりが(京から)遠いので、(母がいる丹後の)天の橋立はまだ踏んでみたことはありませんし、(母からの)手紙もまだ見ていません。 と詠みかけけり。 と(歌を)詠みかけた。 思はずに、あさましくて、「こはいかに。 かかるやうやはある。 」とばかり言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて、逃げられけり。 (定頼は)思いもかけぬことに、驚いて、「これはまあなんとしたことだ。 こんな(=当意即妙に歌を詠む)ことがあろうか、いや、あるはずがない。 」とだけ言って、返事もできず、(引っ張られている直衣の)袖を引き払って、お逃げになった。 小式部、これより歌詠みの世に覚え出で来にけり。 小式部(内侍)は、この時から歌詠みの世界に名声が広まったということだ。 これはうちまかせての理運のことなれども、かの卿 きやうの心には、これほどの歌、ただいま詠み出だすべしとは、知られざりけるにや。 こうしたことは(小式部内侍にとっては)ごく普通の当然のことであったけれど、あの(定頼中納言)卿の心の中には、これほどの歌を、すぐに詠み出すことができるとは、おわかりにならなかったのであろうか。 (十訓抄) 脚注• 和泉式部 生没年未詳。 平安時代中期の名高い歌人。 歌合 歌人が左右二組に分かれ、歌の優劣を競う催し。 直衣 男性貴族の平服 出典 十訓抄 参考 「国語総合(古典編)」三省堂 「教科書ガイド国語総合(古典編)三省堂版」文研出版.

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『十訓抄』「大江山いくのの道」の現代語訳と重要な品詞の解説2

十訓抄 和訳

邢昺 ( けいへい )「論語注疏」(阮元『十三經注疏(附校勘記)』中華書局、1991年)を底本とし、諸本を参照して一部字句を訂正した。 字句の異同については、その都度注記した。 原文は原則として正字体、書き下し文は新字体・現代仮名遣いとした。 各章の区分けは 朱 ( しゅ ) 熹 ( き )『論語 集 ( しっ ) 注 ( ちゅう )』に拠った。 各章には全章の通し番号と各編ごとの番号とを合わせ記し、利用者の便を図った。 各章には章名を記した。 章名は太宰春台『論語古訓外傳』(嵩山房、延享2年)に拠った。 引用した書名の略称については、 何 ( か ) 晏 ( あん )等『論語 集解 ( しっかい )』は『集解』、 皇侃 ( おうがん )『論語 義疏 ( ぎそ )』は『義疏』、 邢昺 ( けいへい )『論語注疏』は『注疏』、 朱 ( しゅ ) 熹 ( き )『論語 集 ( しっ ) 注 ( ちゅう )』は『集注』と表記した。 「曰」の送り仮名は「 曰 ( いわ )く」で統一した。 学校教育の場では「 曰 ( い )ハク」に統一されているが、本来は「 曰 ( いわ )く」「 曰 ( い )わく」のどちらでもよい。 なお、「のたまわく」は「いわく」の尊敬語であり、孔子に対してだけは「のたまわく」と読んだ方がよいと思われるが、煩雑になるのですべて「 曰 ( いわ )く」で統一した。 現代語訳は 下村 ( しもむら ) 湖 ( こ ) 人 ( じん )(1884~1955)の『現代訳論語』、 魚返 ( おがえり )善雄(1910~1966)の『論語新訳』を登録した。 下村湖人および魚返善雄は死後50年以上経過しており、著作権が消滅している著者であると判断した。 ウィキペディア【】【】参照。 なお、2016年5月1日、青空文庫に下村湖人の『現代訳論語』が登録されたが、当サイトが登録しているテキストデータは、その数年前に独自に作成したものである。 現在、現代語訳に穂積 重遠 ( しげとお )(1883~1951)『新訳論語』を追加登録中である。 Unicodeで表示できない漢字は今昔文字鏡24dot画像を使用した。 〔国内〕• 石本道明/青木洋司『論語 朱熹の本文訳と別解』明徳出版社、2017年• 井波律子『完訳 論語』岩波書店、2016年• 宇野哲人『論語 上・下』(中国古典新書)明徳出版社、1967年• 宇野哲人『論語新釈』(講談社学術文庫)講談社、1980年• 江連隆『論語と孔子の事典』大修館書店、1996年• 魚返善雄『論語新訳』學生社、1957年• 荻生徂徠/小川環樹訳注『論語徴 1・2』(ワイド版東洋文庫 575・576)平凡社、2009年• 貝塚茂樹『論語』(中公文庫)中央公論新社、1973年• 貝塚茂樹編「論語古義」『伊藤仁斎』(日本の名著 13)中央公論社、1972年• 加地伸行『論語』(講談社学術文庫)講談社、2004年• 金谷治『論語』(岩波文庫)岩波書店、1963年• 簡野道明『論語解義』明治書院、1931年• 簡野道明『補註 論語集註 新装版』明治書院、1972年• 木村英一『論語』(講談社文庫)講談社、1975年• 久米旺生『論語』(中国の思想 9)徳間書店、1996年• 桑原武夫『論語』(ちくま文庫)筑摩書房、1985年• 子安宣邦『仁斎論語 上・下』ぺりかん社、2017年• 渋沢栄一『論語講義 全七巻』(講談社学術文庫)講談社、1977年• 下村湖人『[現代訳]論語』PHP研究所、2008年• 朱熹/土田健次郎訳注『論語集註 1~4』(東洋文庫 841・850・854・858)平凡社、2013~15年• 『縮臨古本論語集解』(漢文講讀課本 6)朋友書店、1979年• 太宰春台『論語古訓外傳』嵩山房、1745年• 武内義雄『論語之研究』岩波書店、1939年• 田所義行『新評論語 上・下』東京堂出版、1971・72年• 藤堂明保『論語』(中国の古典 1)学習研究社、1981年• 野中根太郎『全文完全対照版 論語コンプリート』誠文堂新光社、2016年• 平岡武夫『論語』(全釈漢文大系 1)集英社、1980年• 吹野安/石本道明『孔子全書 1~10 論語 1~10』明徳出版社、1999~2006年• 藤塚鄰『論語總説』国書刊行会、1988年• 穂積重遠『新訳論語』(講談社学術文庫)講談社、1981年• 宮崎市定『論語の新研究』岩波書店、1974年• 諸橋轍次『論語の講義 新装版』大修館書店、1989年• 『漢文大系(一)大學説・中庸説・論語集説・孟子定本』冨山房、1972年• 山田勝美『論語』(角川文庫)角川書店、1985年• 『要説 論語・孟子』日栄社、1969年• 吉川幸次郎『論語 上・下』(朝日選書 中国古典選)朝日新聞社、1996年• 吉田賢抗『論語』(新釈漢文大系 1)明治書院、1960年• 「論語義疏(校本・校勘記)」『武内義雄全集 第一巻 論語篇』角川書店、1978年• 〔国外〕• 邢昺「論語注疏」『十三經注疏(附校勘記) 下册』中華書局、1991年• 『論語何氏等集解・孝經唐玄宗注』臺灣中華書局、1974年• 劉寳楠・皮錫瑞撰『論語正義・孝經鄭注疏』(十三經清人注疏)上海古籍出版社、1993年.

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