だから君の太陽でいさせて。 コロナウィルスは太陽からの使者

ワンダー 君は太陽 難病だからこそ生まれた名言に感動!

だから君の太陽でいさせて

このトリーチャーコリンズ症候群とは、顔の頬骨の欠如によって顔面形態が変形してしまうというもの。 およそ1万人に1人の新生児に起こる遺伝子疾患による障害です。 オギーは、この障害によって顔が変形しており、幼少期から27回もの手術を受けていました。 小学校に通うことなく、病院や自室のベッドでの日々を過ごし、母親の指導を受け自宅学習を続けるオギー。 そんななか、小学校5年生に初めて学校へ通えるようになるのです。 初登校のその日、初めてオギーの障害を目にしたクラスメイトは、違和感からオギーに心ない言葉をかけます。 オギーはそれに大変ショックを受けます。 楽しみにしていた学校での出来事に、強いショックを受け自宅で感情を爆発させます。 「なぜ、僕は醜いの?」と泣きながら母親に訴えるオギー。 自分の子供がそんなことを言って嘆いたら、動揺しない母親なんていないでしょう。 しかし、オギーの母親は、優しくオギーを励ますのです。 家族に励まされ、学校へ再び通うようになるオギーは、少しずつクラスメイト達と接するように。 そして、クラスメイト達もひたむきなオギーとの出会いによって少しずつ変わっていきます。 「外見だけで人は測れるものではない」大人も子供も、オギーとの出会いによって学んでいくのです。 オギーやそのクラスメイト、また大人たちの成長を通し、観る側の私たちにも新しい気付きを感じさせてくれる映画です。 ワンダー 君は太陽キャスト この「ワンダー 君は太陽」は、2017年に、脚本家としても活動するスティーブン・チョボスキーが監督した映画です。 彼は2013年に、小説家を目指す少年を主人公にした青春映画「RENT」で自らメガホンを持ちました。 ちなみにスティーブン・チョボスキーは、「ウォールフラワー」など、少年の成長をテーマにした映画が得意。 この「ワンダー 君は太陽」の主演は、イザベル役のジュリア・ロバーツ。 ジュリア・ロバーツは、この映画で障害を持つ子を持つ母としていわゆる肝っ玉母ちゃん的存在に主演を演じています。 障害を持つ息子が、様々な困難に遭遇する度に、時に強く、また時に優しく励まします。 加えてこの映画には様々な子役たちが登場します。 まず欠かせないのは、ジュリア・ロバーツの息子役で登場するジェイコブ・トレンブレイです。 彼の愛くるしく、ひたむきな姿勢は見逃せません。 さらにオギーの姉、ヴィア役を演じるイザベラ・ヴィドヴィッチも見逃せません。 キレイな顔立ちで、障害もないヴィアですが、幼少期から両親はオギーに付きっ切り。 そんな心の寂しさを持ちつつ、障害を持つ弟を優しく見守るヴィア役を12歳で演じたイザベラにも感動です。 ワンダー 君は太陽難病だからこそ生まれた名言に感動! 「ワンダー 君は太陽」では、登場するすべてのキャストがそれぞれに思いを抱えています。 難病を通しつつ、人が成長する過程が描かれているのです。 映画の中では、時に苦しく切ない思いをキャストたちが感じるシーンがあります。 そのシーンには、私たちの心に刺さる多くの名言があります。 難病だからこそ生まれた、そんな名言をご紹介します。 (1)「顔は人の過去を示す地図。 あなたは絶対に醜くない」 これは学校でいじめられ、傷つき帰宅したオギーにイザベルが掛ける言葉です。 初登校で顔のことをからかわれ、帰宅したオギーは、母親に「なぜ僕は醜いのか」と訴えます。 泣きながら訴えるオギーの姿はあまりにも切ないもの。 そんなオギーの顔について、母親のイザベルは、 「オギーの顔は病気と手術に耐えた勲章」 であることを教えます。 そして「人の顔には印がある。 心は人の未来を示す地図、顔は人の過去を示す地図。 あなたは絶対に醜くない」 と伝えるのです。 オギーの顔の傷は勲章で、過去の忍耐の証である。 これからを示すのは、心だ。 だから明るい未来のために鍛えるべきは、未来の地図である心である。 それを子に伝える母親の強い愛を感じることができます。 (2)「お菓子、もらいに行こうよ」 オギーは生まれつきの障害のため、小さなころから入退院や自宅療養を余儀なくされています。 両親はそんなオギーに両親もかかりっきりにならざるをえません。 姉のヴィアは、病気のオギーや両親を小さなころから見ていました。 本当はもっと甘えたい。 でもヴィアは、病気のオギーや心配する両親の手前「仕方ない」と寂しさを見せずにいました。 映画では、オギーはハロウィンの日にクラスメイトに裏切られショックを受けて学校を早退してしまいます。 自室に引きこもるオギーに、ヴィアは一緒にハロウィンのパレードに行こうと誘います。 しかしオギーは友人に裏切られたショックを姉のヴィアにぶつけ、突き放します。 小さな頃から寂しさや孤独を感じていたヴィアですが、弟のショックをそこで受け止めます。 自分もさみしい立場にあったヴィアなのですが、オギーを責めません。 それどころか、自分も友人と不仲になっている環境を打ちあけ、一緒に頑張ろうと言わんばかりに 「お菓子、もらいに行こうよ」 と、優しくオギーに声をかけパレードに誘うのです。 「私ばかり」とか「お前だけずるい」なんて感情も多いなか。 本当の優しさとは、自己犠牲すらも超えた先にあるものであると感じさせられる一言です。 (3)「相手を知りたかったらやることは一つ」 様々な出来事を通し、成長するオギーからの言葉です。 この映画そのもの、むしろこれこそが映画が私たちに伝えたい言葉であると言える名言です。 オギーは、将来、宇宙飛行士になりたいと夢を持ちました。 そして、初登校でクラスメイト達にいじめられ、うちひしがれます。 それでも少しずつ打ち解け、衝突したりしながら多くの人と接してきました。 オギーはそうして様々な人と出会うことで 「心の中がのぞけたら、皆も普通じゃない」 ということを感じます。 そして、 「人をいたわれ。 皆も闘っている。 相手を知りたかったらやることは一つ。 よく見ることだ。 」 と私たちに伝えてくれている、まさに名言なのです。 ワンダー 君は太陽は物語?それとも実話? これだけの名言をもつ「ワンダー 君は太陽」は、実話のように見えます。 しかし、これは2012年にラケル・ジャラミロ・パラシオが発表した同名小説を原作とした物語です。 パラシオ自身が障害を持つ子供と出会ったときの葛藤をモチーフとして作られています。 彼女が自身の子供と一緒に居たところに、障害を持つ子をつれた母親と遭遇したのですが、 パラシオの子供は障害を持つ子供をみて怯え、泣き出したのだそうです。 とっさにパラシオは子供をその親子から遠ざけました。 すると、その様子を見て障害を抱えた親子は、その場をそっと立ち去りました。 パラシオは、障害を子供にどう伝えるべきか、どうやって接するのが正しいのか悩み、この物語を作成したと言います。 障害を持つ母親、そして障害を持つ子を見て泣く子を持つ母親の気持ち。 どちらにも思うところがあります。 そんなそんな気持ちのこもった実話をもとに作成された物語なのです。

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映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」公式サイト

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みゆきさんは、意識あるものすべてと テレパシックな会話ができるお方です。 そして、宇宙に存在するすべてのものには、意識があります。 つまり、どんなものとでも話せる、ということ。 そこで、コロナウィルスともお話しされてみたそうです。 以下、みゆきさんから教わったことを、 みゆきさんとコロナウィルスの対話風にしてみました。 「あなたはどこから来たの?」 「太陽からやってきたよ」 「どうしてやってきたの?」 「君たちのお母さんであるマザーアース(地球)からお願いされたんだ」 「どんなお願いをされたの?」 「新しい地球に移行するには、 波動が軽やかになっていないと行けないんだけど、 君たち人類の中には、まだまだ重たい波動をもっている人がたくさんいる。 マザーアースは、なんとかその子たちにも、新生地球に行ってもらいたくて、 太陽に相談したんだ。 それで、僕たちが派遣されることになったわけ。 」 だから、コロナウィルスは太陽のような形をしていて、 コロナという名がついたのですね! 「コロナくんたちのプログラムコードは?」 「不安と怖れが書き込まれている」 「ということは、不安や怖れをもっている人と仲良くなっちゃう、 ということ?」 「そうなんだ!」 「では、不安や怖れがなく、愛や調和や感謝の意識でいる人には、 感染しないの?」 「そのとおりだよ!」 ……コロナウィルスは、 私たちが次元上昇して新生地球へ移行するのにその妨げとなっている、 重く低い周波数である「怖れ」や「不安」を手放すように気づかせてくれる、 太陽からやってきた愛の使者であったのですね! ここに気づかない限り、 どんなに免疫力を上げても、 また別の形でゆさぶりをかけられることになるでしょう。 この3次元物質世界で肉体を脱ぐには、 大抵の場合、なんらかのきっかけが必要です。 (高次元になると、その必要はなくなるそう) 死因とされるのは、単なるきっかけなのですね。 だから、恨むことも悔やむこともないのです。 魂はすべてわかっていて、魂の意志で、そのときその状況を選んでいるのですね。 人生の存在意義は、魂の成長です。 その肉体を通じて成長できる限界が、寿命です。 魂は、永遠に進化成長していくので、 肉体を脱いだら魂の故郷に還ってリハビリ・リフレッシュし、 また別のボディに入ったり、 生まれ変わらないでスピリットの世界にとどまったりして、 進化の旅を続けます。 生死や転生のとらえ方は、さまざまありますが、 共通していえるのは、魂、スピリットは永遠だということ。 なぜなら、宇宙の本質、存在の根源だからです。 怖れを手放すには、肉体ではなく魂を主とした在り方や死生観を もっておくことも大切ですね。 ウィルスを敵視・攻撃・撲滅しようとするのは、分離意識。 共生するという意識で愛と感謝を向けたとき、 コロちゃんは役目を終えて、 姿を消してくれるのかもしれません。 Maria プロフィール スピリチュアルマガジン月刊『アネモネ』編集長。 小学生の頃より、「宇宙にもし宇宙がなかったら、そこには何があるの? 何も無い=『無が有る』ということは、有るの無いの、どっち?」と考えるような子どもで、大学の卒業論文のテーマは、日本文学科であったにもかかわらず、「もう一人の自分と宇宙存在について」。 23歳で強烈なスピリチュアルの目覚めがあり、某宇宙エネルギー研究所のスタッフになる。 その後、『アネモネ』編集部に入社。 真理を求める魂の声にしたがって山岳修行に専念するため、スピリチュアル界をいったん離れ、ライスワークとしてコピーライターに転身。 再び魂のうずきを感じ、40代で広告畑から出版畑へと戻り、『セラピスト』編集部、『スターピープル』編集部を経て、2017年に再び『アネモネ』へ帰還。 現在に至る。 シンギング・リンプラクティショナー。 レムリアンヒーリングRプラクティショナー。

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ワンダー 君は太陽 難病だからこそ生まれた名言に感動!

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新型コロナウイルス感染のご不安や地元での上映がないため映画館へ行けない、医療関係者などで映画館に足を運ぶことが難しい、視聴覚に障がいがある等、さまざまな立場の方々から本作を配信で観たいという要望を数多くいただていることを受けて、ライブ動画配信サービスの「PIA LIVE STREAM」および「uP!!! 『なぜ君は総理大臣になれないのか』本編上映後には小川議員と大島監督のほか、田﨑史郎さんと鮫島浩さんという安倍政権に対する見解が真逆の二人のジャーナリストを加えてスペシャルトークをお届けします。 日本語字幕付き、音声ガイドは「UDCast」対応 衆議院議員・小川淳也 当選5期 、49歳。 2019年の国会で統計不正を質し、SNSで「統計王子」「こんな政治家がいたのか」と注目を集めた。 彼と初めて出会ったのは、2003年10月10日、衆議院解散の日。 当時32歳、民主党から初出馬する小川にカメラを向けた。 「国民のためという思いなら誰にも負けない自信がある」と真っすぐに語る無私な姿勢に惹かれ、事あるごとに撮影をするようになる。 地盤・看板・カバンなしで始めた選挙戦。 2005年に初当選し、2009年に政権交代を果たすと「日本の政治は変わります。 自分たちが変えます」と小川は目を輝かせた。 しかし・・・ 監督:大島 新(おおしま あらた) 1969年神奈川県藤沢市生まれ。 1995年早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビ入社。 「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」などドキュメンタリー番組のディレクターを務める。 1999年フジテレビを退社、以後フリーに。 MBS「情熱大陸」、NHK「課外授業ようこそ先輩」「わたしが子どもだったころ」などを演出。 2007年、ドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』を監督。 同作は第17回日本映画批評家大賞ドキュメンタリー作品賞を受賞した。 2009年、映像製作会社ネツゲンを設立。 2016年、映画『園子温という生きもの』を監督。 プロデュース作品に『カレーライスを一から作る』(2016)『ぼけますから、よろしくお願いします。 』(2018)など。 文春オンラインにドキュメンタリー評を定期的に寄稿している。 2003年、小川淳也は総選挙への出馬を猛反対する家族に対し、そう言って説得した。 その言葉を借りれば、私は「この映画を完成・公開しなければ死んでも死に切れん」と思った。 ドキュメンタリー映像製作をはじめてから20年余り経った、2016年のことだった。 私が小川淳也と初めて出会ったのは、2003年10月10日、衆議院解散の日。 小川は、私の妻と高校で同学年。 妻から「高校で一緒だった小川くんが、家族の猛反対を押し切って出馬するらしい」と聞いて興味を持ち、カメラを持って高松を訪れたのだった。 初めは興味本位だったが、およそ1カ月間取材をするうちに、「社会を良くしたい」と真っすぐに語る小川の無私な姿勢と、理想の政策を伝える説明能力の高さに触れ、私は「こういう人に政治を任せたい」と思うようになった。 小川はこの選挙では落選し、2005年の総選挙で初当選を果たす。 以降、小川と私は年に数回会う関係になった。 そして発表するあてもなく、時々カメラを回した。 とはいえ、撮影なしで会うことがほとんどだった。 「やるからには目標を高く。 自らトップに立って国の舵取りをしたい」と、初出馬の32歳の時から私に語っていた小川。 自分たちが変えます」と、意気揚々と話してくれた。 しかし... 2012年、総選挙で大敗し、安倍政権が誕生。 そうした時期の 2016年、小川との食事会の席で、私は「この人をもう一度きちんと取材し、記録したい。 映画にしたい」という、突き上がるような思いを抱いた。 にもかかわらず、安倍政権は盤石、野党はと言えば、まとまりがなく、本気で政権を取りにいこうとしているようには見えなかった。 優秀であることと、党内でポジションを上げていくことは、必ずしも比例しない。 その頃私は「もしかしたらこの人は政治家に向いていないのではないか」と感じ始めていた。 世界でも、日本でも、激しい言葉を発する強権的なリーダーが支持を得る傾向が強まっていた。 そんななか、小川の誠実さは、いまの政治の潮流の中では、むしろあだになっているのではないかと思ったのだ。 その食事会の翌日に、私は一気に映画の企画書を書いた。 タイトルは『なぜ君は総理大臣になれないのか』。 不遜なタイトルだが、小川本人にぶつけてみようと思った。 その企画書を持って、2016年の夏に議員会館を訪ねたのが、映画の冒頭のシーンだ。 小川はタイトルも含め、取材を受け入れ、「すべて大島さんにお任せします」と言った。 以後、政治の節目節目に小川が何を考えているのかを聞いた。 そして、2017年の総選挙がやってきた。 私は、その記録を映画として発表することによって、日本の政治の一断面を社会に問いたい。

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